模様魚と無地魚

その2

さて次に、西川氏が所蔵されているもうひとつの番付表を見ましょう。
これも向かって右が「関東らんちゅう」の番付、左に「関西らんちゅう」の番付となっています。少し画像が大きくて重いかもしれませんが、判別出来るところを見ていくと面白い事に気が付きます。

中央に「関東」優等親魚の四股名が「東錦」!これは今の東錦とは違いますね。「関西」は「本国錦」となっています。斑名がそのまま四股名になっています。良くみると「皇国錦」やご紹介した斑名を探す事ができると思います。思うのですが、ご紹介した斑名以外にもまだまだ数多くの斑名があったとも考えられます。


大正8年錦盛会番付表(西川氏所蔵・桃太郎氏画像提供)
まだまだ、この表からは教えられることが沢山あります。オランダ獅子頭の部も下のほうに見る事ができます。あるいは「ドイツ鯉」との表記もあります。かなり盛大な品評会であったことがわかります。

上の画像の拡大です。見難いかもしれませんが、良く見ると右に獅子頭らんちゅう、左に大坂らんちうが向かい合っているのがわかると思います。

さらに、桃太郎さんが見つけたことに上の画像が驚くべきことを私達に教えてくれます。審査員の名前が書かれているのですが、この中に「京都、宇野」の名前を見る事が出来ます。大正8年の開催でありますから、この宇野さんはまさに宇野仁松先生であったと思われるのです。宇野先生は20歳の頃より審査員をなさっていたと聞き及んでいます。

ここに図らずも宇野先生と大坂らんちうの接点をも見つける事が出来たと確信します。宇野先生は若くして魚の良く見えた人であったそうですが、このような形で大坂らんちうにも拘わっていたとは驚く以外ありません。

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