病気について

微生物の基礎知識


 ここ数年、原因不明の病気などが全国的に蔓延して愛好家の悩みの種となっていますが、私なりに、その原因を考察してみました。それにはまず、正確な敵の把握をし、経験的な民間療法(たまたまこの薬品が病気に有効であったという経験的知見)に頼るのではなく、発症のメカニズムを知る必要があると思います。以下に基礎的な項目をあげ、誤った認識を是正できれば、良魚の作出にも必ずや貢献できるものと考えます。加えて大胆な仮説を提示することによって、従来の通説に疑問を呈しながら自由な発想へと諸兄を誘えることを期待したいと思っています。

【病原菌・ばい菌なる用語、微生物とは】
 微生物とは、直接目に見えない生物のことを指します。その分類は大きいものから、原生動物(原虫・寄生虫)、微細藻類真菌(カビ・糸状菌)、細菌ウィルスとなります。
原生動物は、金魚の病気では、白点虫、イカリ虫、うおじらみ(チョウ)、トリコディナなどを指します。この種の発症は比較的簡単に治療が可能です。
微細藻類とは、植物性プランクトンを指し、金魚飼育において藍藻類など、クロロフィルやカロチノイドを含む「青水」として広く利用されているもので、一部毒素を産生するものがありますが、特に問題にはならないものと考えます。
真菌とは、分類が非常に複雑で、私達が一般にカビと呼ぶもの、または醤油や味噌などの酵母もこの中に含まれ、キノコも菌糸型真菌であるのには驚かされます。細菌の分類も多岐にわたり、大雑把には、酸素を必要とするもの(好気性)、必要としないもの(嫌気性)があり、前者は酸化、後者は発酵というプロセスを伴ってエネルギーとしての糖を分解しています。
その場合、環境中の物質を取り込んで増殖するものを自家栄養菌といい、他の細菌や動物から栄養をもらう細菌を従属栄養菌といいます。この従属栄養菌が細菌の場合、病気を引き起こします。ウィルスは、最も小さく、活きている細胞に寄生するのですが、どの細胞に感染して増殖できるかは厳密に決まっています。

 私達は、まず上記のように「ばい菌や病原菌」と一括りにして有用な細菌や真菌までも否定的な見方をして排除するという考えを改めなければならないと思います。昨今の衛生ブームは除菌グッズとして全て排除すれば良いような風潮は、全くもって無知の証と言えるのではないでしょうか。微生物との共生関係を持ってはじめて成り立つ生存という問題を真摯に受け止めなければ、無用な治療や偏見から逃れられないと考えます。

 このように環境の中には無数の微生物が存在し、私達は微生物を排除した世界での生活は不可能です。ならば、その無数の微生物の中でも一部のものから、感染し発症するのは何故でしょうか。金魚の体表面や鰓も腸(内臓でも腸は外部と接触しているので外部と判断できます。)も正常細菌叢(せいじょうさいきんそう)に覆われています。普段はその細菌による発症はありません。新規の細菌の侵入から防御していると言えます。 つまり、生物=生体は細菌と共生しているのです。細菌を排除するという固定観念を捨て、如何にその共生関係というバランスを崩さない方法を考えるかが重要になってくる思われます。

金魚の場合、体表面は鱗に覆われていますが、詳しくは真皮と表皮から構成されています。外部と接触する表皮は、ぬめり感のある粘液で体全体を覆っています。その粘液は細菌の進入を防ぐ役割をしていると考えられます。当然、正常細菌叢は、その表面にも形成されていて、新たな菌の侵入を防いでいると考えられます。

 通常は、そのように金魚は細菌によって(人間も同様)、また自己体内の免疫作用によって守られています。ところがある原因によってそのバランスが崩されて発症すると考えられます。ある原因とは、金魚の場合、多くの場合が人為的な原因と結論づけられると思われます。

【薬品多用の弊害】
 したがって抗菌剤の乱用は正常細菌叢をも取り除いてしまい、新たな菌の侵入を容易に許すものと推論できます。全ての細菌を排除するという潔癖主義は金魚飼育の場合、致命的であるともいえます。考えてもみてください。水槽のろ過装置は生物ろ過に依存していて、まさしく有用な細菌類を濾過槽に繁殖させることによって成り立っています。水道水で洗浄すると、塩素により繁殖した細菌は死滅し、リセット状態となり一からやり直さなければなりません。同様に、正常細菌叢に覆われた金魚の体表から菌を取り除くことにより、逆に新たな細菌の侵入を容易にするものだと思われます。例えば、品評会帰りの金魚に抗菌剤を散布する、これなどは衰弱した魚に対してさらに追い討ちをかける結果になる可能性も否定できないのではないでしょうか。上にも書きましたように無用な薬品投与は金魚を衰弱させるのに一役飼い主が買っていることになります。

【金魚のストレスとは】
 金魚は、ストレスによって簡単に体表の粘液が取れてしまいます。つまり外部からの細菌に無防備な状態にさらされるわけです。無闇に触れたり(生温かい手で金魚を触ることは、人間で言うと火傷をすることに相当するそうです。)、網で掬い外気に触れさせたり(網は、人間で言うとヤスリで肌をこすることに相当するそうです。)、古水から新水に慣らさずに入れたりすることは、金魚にストレスを引き起こし、粘液分泌を不活発にし、免疫力を弱めて細菌感染症の引き金を引くようなものといえます。

 金魚にとってのストレスは、大変多様です。上に書きました以外で思いつくことを以下にまとめてみます。
○ 金魚の輸送
○ 水温の変化
○ 水質の悪化
○ 密飼い(程度にもよります)
○ 治療と称して行われる種々の薬品の乱用(薬物中毒によって内臓をこわすことも含む)
○ 消化不良(餌の与えすぎ)

などなど、これらの要素は複合して関連性を持って金魚に襲い掛かります。
私達は、そのようなストレスの要因を丹念につぶしていく努力を最優先させなければならないと思います。

【品評会はストレスを誘発する】
 金魚にとって品評会は最悪の環境であるのは確かだと思います。一つずつ検証していきますと、まず品評会までの金魚の輸送、これはもうすでに金魚にとってはかなりのストレスになるでしょう。さらに溜め池に移動は、新水の刺激と水温の相違、水質の違いは金魚に良いはずがありません。良魚となれば、多くの人に触れられる機会は格段に増えますし、またしても水温の違う洗面器に移されます。洗面器の中では会員に食い入るように見られるのは、通常の環境とは全く違うものと金魚には思われるはずです。家に辿り付くまでにまだまだ水温、水質は変わり続けます。これなど一連の作業は、まさしく魚にストレスとして蓄積されないわけがないのは一目瞭然でしょう。

【品評会の意義】
 しかしながら、だからと言って品評会を避けることは趣味人として失格です。何故なら持魚を出陳してはじめて自分の位置が分かるのであって、品評会に参加しないのであれば、ただの自己満足の世界に浸るだけで趣味の幅を狭め、ひいては羅針盤なしで航海しているも同然です。確かに危険と隣り合わせではありますが、そういった意味で品評会の意義を是非見直すべきではないでしょうか。ちょっと本論から外れてしまいましたが。

【塩の効用】
 金魚飼育に欠かせない治療薬として昔から使用されているものに塩があります。いわゆる塩浴です。塩には、殺菌作用があると言われていますが、果たしてそのような効果があるかはどうも疑問に思えます。関連書籍を紐といてみましたが、何故塩が病気治療に使用されるかということに関しての納得の行く説明はほとんど見当たりませんでした。ならば、海水魚の場合はどうなのでしょう?淡水魚と海水魚の違いと言ってしまえばそれまでですが、これまた疑問の余地があります。塩の効用は、別のところにあるように思われて仕方がありません。塩に弱い細菌もありますが、それだけでは納得の行く説明とは言えないように思えます。

【塩の効用を違う角度から考える】
 一説をご紹介します。(オランダ大好き氏よりお聞きしたことですが)
生理食塩水をご存知かと思います。点滴は主な成分として生理食塩水で出来ていますが、何故食塩水なのかということは、人間の体液には塩分が含まれていてその濃度と同等のものを使用しているとのこと。つまり細胞の浸透圧を調整することによって体のバランスを整える作用があると考えられるのではないでしょうか。

 さて、ここで新たに仮説を提示してみます。
人間にとっての生理食塩水を、金魚に当てはめて考えてみます。もうお分かりだと思いますが、塩浴は、人間で言うところの生理食塩水ではないか、という仮説です。

 また、0.5〜0.6%の濃度が最も効果的であるのは、金魚の体液の塩分濃度と同じになり、
細胞に負荷が掛からないようになり、浸透圧の関係でストレスを緩和する作用があるのではないかと思われます。もう一つの仮説としては、ストレスの為、体中塩分濃度が低下した場合、体外から細胞の浸透圧を利用して塩分補給が円滑に出来るということが考えられないでしょうか。

0.5〜0.6%の塩水は、先達が経験的に割り出した数字ですが、金魚の体中塩分濃度との因果関係を科学的に立証した論文があれば、この仮説もある程度補強されるかとも思います。また、ここでは触れませんがイオンとの関係もメカニズムとして知っておきたいものだと思います。

 いずれにしても、従来考えられてきた塩浴の効果は、以上のような仮説を立てると理解しやすく思います。さらにここでもまた「ストレス」が起因としてクローズアップされてきます。塩浴は、金魚の体調を整え、金魚の本来持っている自然治癒力を発揮させる為の効果的な治療方法と結論できると考えます。

【細菌感染のメカニズムの分析】
 人間でも多くの場合、外部からの細菌の侵入は、絶えず免疫作用によって病気になることを防いでいます。免疫不全という難病以外は、健康を保つ生活を心がけることによって病原菌を寄せ付けないことは皆さんご存知のことと思います。例えば、風邪やインフルエンザに罹患するのは、

環境的外部要因=湿度の低い乾燥した環境では、菌が浮遊しやすく、鼻腔や咽喉は乾燥から菌に感染しやすいと考えられます。

先天的要因=体力のない(免疫力が低い)人や、先天的に咽喉などの粘膜が弱く、比較的感染しやすい体質。

因果的要因=感染までにそれ相応の体力を消耗する行為が存在して、免疫力を低下させる要因を作っている場合。

 その予防的措置として、環境的外部要因に対しては、室内では加湿器を使用したり、室外はマスクをしたりして予防します。先天的要因に対しては、体質改善の為の措置をとります。また因果的要因に対しては、無理をしないことや十分な睡眠を摂ったりして体力の回復を促します。

【細菌感染、金魚の場合】
 そこで、以上を金魚の鰓病に当てはめて考えてみますと、
環境的外部要因=水質の悪化(餌の多給餌、水温の急変などなど)やペーハーの急変により細菌に感染しやすい環境を飼育者の管理不行き届きで作り出してしまうような状態。

先天的要因=これは一概には言えませんが、遺伝的にありえますね。

因果的要因=飼育者が無意識に作り出しているもので、上にも多々書きましたように、ストレスがそれに当たります。

金魚の場合は、環境外部要因と因果的要因はイコールで、多くが飼育者に原因があると推定できます。

【興味深い仮説の提示】
 さて、さらにここで興味深い仮説をご紹介しましょう。ここまでお読みになった諸兄なら今からみることもご理解いただけるかと思います。

【池水ぬかみそ理論仮説】by 故ワンピー氏
 何やら訳のわからない理論の提示だと訝るのも良く分かります。しかしながら、読み進むにつれて、ある程度の経験を積んだ方には思い当たる節があるのではないでしょうか。

 例を出します。当歳魚を品評会に出陳して、その魚を元の池に入れると、ものの見事にその池が鰓病になってしまう。また、他人がご自分の池に手を入れただけで、しばらくして魚が鰓病に罹ったとかの経験はありませんでしょうか。
 「ぬかみそ」とは漬物を漬ける「糠」を言い、「糠床」として各家庭に昔は必需品として台所にありましたよね。あれのことです。そして、主婦は野菜を漬け込み家庭の味として重宝しました。ぬかみそは、微生物の発酵という作用によって、漬物を漬ける訳ですが、その繁殖する微生物によって各家庭の味は違ってくると言います。また、他人が不用意に手を入れると腐ってしまうそうです。

 そこで故ワンピー氏は、「腐る」ということに注目されました。つまり、その家庭の主婦の手に繁殖する微生物を常在菌とします。絶えず手を入れながら管理することによって、「糠床」は、その主婦の手の細菌とでバランスが保たれているわけです。ところが他人の持つ細菌は微妙に違っていると考えられ、糠床は新たな細菌の侵入によって保たれていたバランスが崩れ、ある菌が異常繁殖して「腐って」しまうと考えられます。

 金魚飼育の場合、池に他人が手を入れることや他所の細菌が付着した魚の投入は、その池の正常細菌叢のバランスを崩し、普段は活動しない病原菌を異常繁殖させる引き金となってしまうのではないでしょうか。以上、池=糠床という発想で、説明がつくのを皆さん理解して頂けるのではないでしょうか。但し、この理論は何も実証実験を行なってはいません。立証できれば大変有意義ではあると思います。

【展望】
 上に見てきましたように、私達はまず薬万能主義から脱却し、感染のメカニズムを体得し、そして金魚を健康に飼育する方法を学ぶ姿勢を第一義とするべきであると思います。結果的に金魚を死に追いやるのは飼育者であるという認識の上に立って、如何に各個人が魚を思いやるかが全ての始まりだと思います。先人が残してくれた経験的な飼育方法を大事にすることと同時に、鵜呑みにすることなく、新たに発展させ、科学的な根拠をも付与して言葉に還元して多くの人に理解してもらうことが、今後の金魚という趣味の新しいステップに繋がるものと確信します。

 細菌の基礎知識から病気に関しての私の知見をご披露してきました。色々と多岐に渡って論を展開してきました。異論のある方もいらっしゃるかと思います。また、私の理解不足から思わぬ誤謬を作り出しているかもしれません。諸兄のご指摘によってさらなる勉強が出来れば幸いと思っています。是非ご感想ご意見をお待ちしています。(2001.11.4)