今回、 名古屋の金城会に所属されているパタさんのご尽力により、金城会会報に発表されました横浜の神鋳会会長と金城会の土屋会長の質疑応答の大変貴重な文章を、当サイトに掲載するお許しを頂きました。快諾していただきました野木会長、土屋会長には御礼申し上げます。

尚、文中の赤文字はふんぺいが付けております。特に私が感銘を受けた部分、まさしく相槌を打ちたくなった部分と解釈してください。

らんちゅうの喜ぶ水の話

│ │
│ │ 神鋳会(横浜)会長 野木 一男
│ │
│ │

昨年、横浜神鋳会品評大会に土屋会長が、野木一男さんにお会いしました。野木さんは水処理の専門家で、長年水処理技術の研究と指導にあたってこられました。この機会にらんちゅうの飼育と水環境、病気対策などについて、お伺いしました。

 
Q どんなお仕事に携わってこられましたか?
 昭和四十六年から一昨年退職するまで、横浜市の環境科学研究所で水処理を専門にやってきました。大学では化学を専攻し、「触媒の研究」が専門でした。昭和四十年代、公害問題がクローズアップされる中で公害関係の部署に移り、水処理を担当しました。横浜市内二千軒の工場に、二年以内に廃水処理施設を設置するということで、処理施設の設計、審査、指導を私一人で任されました。
工場排水で鯉を飼う、というのが私の発案で、今でも全国で横浜方式として残っています。そんなことをやっても鯉が死んだら別の鯉を買って入れておけばわからないじゃないかと、事業所の連中は笑ったのですが、ところが「らんちゅう」をやっていたことで、放流されている鯉は私は全部頭の中に入っているわけです。これは大変だということになり、みんな真剣に取り組みました。要するに、水処理技術と生き物との関係をリンクさせながら研究していこうとするもので、こうした考え方が伝わり、横浜の三渓園とか長野善光寺の二千トンの池の浄化などを依頼され、処理設備の設計を手掛けました。
仕事として水処理をさせていただくと、しだいに好きならんちゅうのほうにも近づいてくるので、給料を貰いながららんちゅうの水作りの方も勉強できました。

らんちゅうの飼育に適した水質
Q らんちゅうを飼育する水は水処理の分野からみると、どの位置づけになりますか?

水処理技術の中でいえば、らんちゅうを飼う水は高度処理になると私は思います。
水処理の対象となる水質の度合いは、BOD(生物化学的酸素要求量)やCOD(化学的酸素要求量)の値でみると、BODを二千ppmぐらいのもの、二百ぐらいのもの二十ぐらいのものに大別すると、工場排水は二千ぐらい、下水は二百ぐらい、下水の処理水は二十以下です。法律で下水は二十以下に処理し放流しています。水道水は、BOD、CODともゼロに近い水ですが、魚にとってはどの程度が良いのかが問題になってきます。
これは人間の都合でなく、魚の身になって水処理をどう考えるか、ということです。
今の水処理技術ではCODや硬度など、下げることはできますが、それが本当に魚にとって好ましい、喜んでいる水かどうか、ということです。

水質の科学的なアプローチ
Qその魚が喜ぶ水、といったあたりを、野木さんの神鋳会では科学的にアプローチしているとお伺いしていますが?

 科学的な、再現性のあるデータを残す、という方向でやっています。というのは、
らんちゅう飼育の場合、今までに大御所といわれる方がおられたのですが、残念ながら、その技術が再現性のある研究データとして残っていないのです。その先生がなくなられてしまうと、双六(すごろく)のように振り出しに戻ってしまうことになるわけです。それではとても残念ですから、今まで「見て覚えろ」と言われてきたことを化学的に解明して、次の人に引き継いでいき、さらに発展させていく、そのためには再現性のあるデータを残していくことが大切だと思います。

Q らんちゅうが喜ぶ水について、はっきりとした数値がでてきても良いと思うのですが?
らんちゅうを飼っている方の水質分析を、フィシュマガジン誌でやらせていただきまして、今までに全国で四百人近くお伺いし、分析しました。その中で一番ばらつきがあったのは、原水として使用している水道水や地下水の硬度です。飼育方法でPHや電気伝導度が変化することはありますが、硬度は原水できまります。硬度成分、つまりカルシウムやマグネシウム分が十 のところから四十〜五十ppmのところまでありました。私は最初、硬度の違いが成長や体形などに影響するのではないかと思い、全国展覧会で良魚を出された方を片っ端から訪ね、水の分析を行いました。魚体の骨格も大きく、全体のバランスの良い魚を飼育している人の原水を測ると硬度分が十〜二十ppmで、なるほどこのへんにに秘訣があったのか、と思っていると、今度は別の人の原水では四十〜五十もあったりするわけです。

Q 硬度の違いは関係ないのですか?
そこに意外性を感じたわけです。私の会には、イギリスの会員も二十数名いましたので、イギリスの各地区の会員を訪ね硬度を測ると、みんな二百以上あるのです。ところが飼っているらんちゅうは色艶もよく、頭瘤もよく発達しているのです。このことから、硬度分と魚の成育には特に関連はないと思っています。地下水の硬度分が高くて困るという人には、原水は資源だということで、それを変えてどうこうというよりも、これをいかに使いこなしていくかであり、魚の個性にもなることでしょう。
ただ、らんちゅうの場合にひとつ言えることは、当歳時をすぎたものを途中から飼育した場合、割合どんな水でも、ほとんどその魚が持っている個性がそのまま生かされてきます。ところが他の系統で稚魚から育てたものは、その親が飼育されて来た過程とは違ったものになるようです。
その風土にあった、自分の家の水質に合った親をつくり上げない限り、理想像にはならないわけです。ある程度育ったものは水質に対して順応性はあるが、毛仔では水質の影響を受けやすいわけです。少なくとも、ある一定期間、親から受け継いだ免疫が有効なうちは、飼育水から受ける影響が大きいため、水質の管理については相当勉強する必要があります。

Q らんちゅうは循環濾過は必要なのでしょうか?
昔から言われていますが、一トンの水量に対して魚の重量が二s以下であれば自然浄化していくが、それを超えると何らかの処理を加えてやり、自然浄化と同じにしてやる必要があるわけです。水の高度処理を行えば、私のところでもアメリカの特許を使った最先端の浮遊性単体を使った処理を行いますと、水道水に近い状態の水質になります。しかしそういう水処理をしてもらんちゅうは喜ばないわけです。水換えだけがスタンダードというこになります。
たとえば、アマゾンの水はフミン酸でPH五・五ぐらいしかなくて、ディスカスなどはそういう水で世代交代が行われています。それを水道基準法によるPH七で、BOD、COD一以下という水質に入れたらディスカスは飼えません。らんちゅうの場合でもPHやCOD、電気伝導度など水質の許容範囲を十項目ぐらい挙げて、マニュアルができてしまえばそこから逸脱する場合、その許容範囲にいれるにはどうしたらいいか、ということです。
あとはどれだけ安定して、変動を少なくできるかということです。また、その家の日照時間や日照量、風通しなど飼育環境がそれぞれ異なります。らんちゅうの場合は稚魚期の成長を見て、それが正常であればいい水質だという判断をしなさい、と言っています。

Q 池の状態は千差万別、給餌によって水質は大きく変わると思いますが?
 十の池があれば十の水質があるといいますが、水質は与える餌によっても大きく変わってきます。例えば、
固形飼料でも消化率八十%にもっていくのは大変です。残りの二十%、少なくともその半分は水中に溶けていると考えなければなりません。そうすると一日に与える餌の量から消化吸収以外の残査、未消化分の挙動が分かり、収支のシュミレーションができるわけです。
魚はエラから硬度分を吸収するため、原水の硬度分が多いのにやたら硬度分の多い餌をやる必要はないわけで、バランスが崩れることがあるわけです。我々も横浜の硬度四十を想定して餌を作っていますが、他地区の会員に同じ餌をやりますと、効果が全く違ってくるわけです。したがって
各自が自分の池の水質に合った餌を選んでいく必要があります。
らんちゅうの場合は、昔から赤ムシがいい餌だと言われていますが、分析してみると本当に栄養のバランスが良く、いい餌です。赤ムシそのものの中でバランスが取れているからでしょう。

Q リンとカルシウムの役割は?
 自然の池で重要なミネラルは何といってもリンとカルシウムです。
カルシウムの吸収にはリンとの共存が重要で、広島県水産試験場の村上先生がリンの形を変えたものとカルシウムとの比較と成長に関する研究をおこなっていますが、その結果からも明かです。今市販されている配合飼料にもこの研究の成果が反映されています。金魚は無胃魚ですから、特にリンは水溶性の形をとらなければならないわけです。また、カルシウムは水道水に含まれていますがリンはありません。硬度の高い水ではリンを少し多くした飼料を与えれば、見事に大きくなっていきます。このように水質と餌は別のものと考えがちですが、関連性があるわけです。

Q 昨今、らんちゅう愛好家にとって最大の問題はウィルス病の脅威ですが、何か良い対策はありませんか?
 
らんちゅうの病気では寄生虫による死亡率は十%以下、細菌では厳しいものだと五十%ですが、五十%までに収まれば何とか生き残れます。ところがウィルスの場合は百%、一旦よそからキャリヤが入ると、ベテランであろうと百%死亡させてしまうのが実情です。九五年あたりからそういう傾向が現れました。九五年のある会で、大会が終わって持ち帰った魚が三日以内に全滅し、私のところにも同じような現象が現れました。
この原因はイリドウィルスやヘルペスです。
代表的な症状は体表に出てきます。頭や体、尾に白点虫を二個つないだような、棒状のものが現れます。よく越冬中にニキビのようなものがでますが、これは肉瘤の皺の間にでます。ところがイリドウィルスは出っ張ったところでも、どこにでもでてきます。そこからさらに、ウィルスに感染した弱い魚から、常在菌として存在しているカラムナリスなどの細菌に二次感染でエラがやられ、エラ病かなと思っているとコロッと死んでしまいます。脳の入ると貧血になり、エラの新紅色がなくなり呼吸困難で死亡します。
これがイリドウィルスの代表的な症状で、「新白点病」とも呼ばれましたが、三重大学の宮崎照雄先生などの分析により、イリドやヘルペスというウィルスと判明しました。その時から私は、ウィルスによる被害が全国のらんちゅう愛好家に広まるのは、二千年だといっていたのです。というのは、仕事柄下水道の調査をしているため、
日本中のいたるところの処理場でウィルスが検出され、それが全部川や海に入っていたからです。

Q そのウィルスはどこから来たのですか? 
 熱帯魚です。東大の江草周三先生の「魚感染症」などによると、金魚も含めたコイ科の場合、ウィルスは世界のある限定された地域のみみられます。
それがなぜ日本にいるのかというと、植物には検疫があるが水産関係には検疫がない。世界中のウィルスが無防備にはいってきたツケが、こういう形で現れたと思っています。


Q 何か有効な対策はありますか?
 人間が麻疹や水疱瘡になるとパッと表にでますが、熱が引いて治ってくると表に出たものが引いていきます。
同じようにイリドウィルスの場合も表に出たもののほうが、免疫対策をある程度行っておけば収まっていく傾向が、最近ではみられます。治ってイリドに対して免疫がついたものを親にするなど、ウィルスに耐性のある魚の改良が必要でしょう。ウィルス病を卒業したらんちゅうにはエコマークで識別するような、値打ちがあがる流通システムを是非広めたい、と思っています。
免疫の付与については以前北里大学の川村先生、三共の中央研究所中島先生、農林水産省の中野先生と私で、真菰(まごも)粉体を使った共同研究を行いました。ウィルス病で穴あきになった傷にそれを塗った場合と塗らない場合との違いを比較したのですが、この場合は顕著な効果がでました。ウィルスに対する最初の漢方的な試みです。

Q 予防が重要性ということですか?
 免疫賦活剤の研究は十年になりますが、結局、薬で治療してもウィルスはどんどん耐性を増していくだけで、その時効果はあるが翌年は効かないことが多く、予防面、つまり、なるべく感染しないか、感染しても軽くすむという、
予防疫学の方向に行かざるを得ない、というのが現実です。βグルカン、ラクトフェリン、ミヤイリ菌体、ヤクルト菌体‥‥‥いわゆる免疫賦活剤といわれるもので餌に混ぜやすいものをいろいろ試験しました。しかし、いま市販の免疫賦活剤といわれているもので、らんちゅうのイリドウィルス対策に明確な効果が認められるものはありません。

Q 免疫増強に有効な対策はないということですか?
 顕著に与えたものでもイリドに感染するのです。しかし、いろいろな変化に対応できる体力増強を行っておけば、死亡率をかなり小さく抑えられることが分ってきました。
それがビタミンCとEです。人間でも風邪をひいたときにビタミンCを摂ると抵抗力が増しますが、これと同じです。今は安定化ビタミンCとビタミンEのエマルジョンを餌に混ぜて使用しています。
それともうひとつは
ストレス対策です。これは餌からくるもの、水質からくるものなどいろいろありますが、特に水質からくるものが大きいです。水質の内容ではなく変動で、いかに小さく抑えるかが重要です。アンモニアはこれ以下とか、CODはこれ以下というのではなく、いかに一定に保っていくかです。
昔から先輩達に、らんちゅうは四日に一回水替えをしなさいと言われてきました。水質の分析をしなくとも、水質の変動をなるべく小さくしてあげようという、魚の身になって考えた、先人達の教えでしょう。

 興味深いお話で、大変参考になりました。ありがとうございました。

野木一男氏の略歴

横浜国立大学工学部卒。
昭和三十八年に横浜市に奉職。中小企業の技術指導にあたる。
昭和四十六年より市の公害対策部門に移り環境科学の研究と指導を行う。
昭和五十六年には水処理技術で環境庁長官賞を受賞。
趣味のらんちゅうでは平成十年より神鋳会会長を務める。
フィシュマガジン誌や月間錦鯉などにらんちゅうの飼育講座、水作り、魚病対策などを多数執筆。横浜市神奈川区在住。

金城会2001年会報より